税理士を志すまで

税理士 森田俊哉

2025/05/18 19:24

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恥の多い人生を送ってきたものである。
大学まではラグビーに没頭し、その後大学を再受験して浜松医科大学に進学するも2年で中退、関東にスーパーマーケットを展開する株式会社オーケーに入社、その2年後には静岡県東部でバス事業などを担う東海自動車株式会社に入社した。そしてそこから更に約2年後に会計事務所に入ることとなった。
ここまでの経歴についてはいつか語ることとして、この道に進もうと一念発起したのは28歳の時だったか。それまでは人生において何事かを成そうという志もなく自堕落な人生を送っていた。そこから取り繕おうとしたところして必死に勉強して税理士資格を取ったところで未だどれほど後れを取っているか分かったものではない。ここまで来てようやく人生を立て直すための材料を得たといったところか。

 

さて、何故私がこの業界に入ったのかと人に尋ねられることがよくある。根っからの理系であり良く言えば研究者気質、一般企業に入るイメージが無いなどとはよく言われたものである。そのような私の性質を知る人間からすればイメージとかけ離れた末路であろう。

 

最初に断っておくと、一応私は法学部を出ているから、その延長線上なのかと誤解されることも多いのだが、それは全く関係ない。入学当初は法曹の道に進むのも視野に入れてはいたのだが、1年の刑法の講義があまりにも難解すぎて諦めた。もっと言うと、ロースクールに進もうとしている学生は進学にあたり学部時代の成績が重要になるらしく、「C(いわゆる可)になるくらいならD(いわゆる不可)にして再履修させてほしい」と教授に頼み込むものらしい。私にそんな度胸は当然無く、あいつら凄えーなと感心しながらCを取って安堵する学生生活だった。

 

では何故私が税理士を目指すこととなったか。
実はごく些細なきっかけだった。
東海自動車に転職した直後、私は漠然と人生に対するモチベーションを抱き始めてはいたものの、具体的に何をすべきかは見定めることができずにいた。とりあえず、不動産事業も行っている会社が従業員に対して取得を勧奨していた宅建士を取ろうかと思っていた矢先のことだった。
大学時代のラグビー部の同期である三村将広という男から、「今会社で経理をしていて、一緒に会計と税務について語り合いたいから一緒に勉強しないか」というLINEのメッセージが届いた。
これだけ読んでもまるで意味が分からないことと思うが、私にも分からない。語り合いたいって何だ。何の権原があってこの男は語り合いたいがために他人に勉強をさせようとできるんだ。
突拍子もない話だったのだが、その熱量は凄まじかった。52行もの長文が送られてきて、それに私が5行くらいで返したら今度は60行で返ってきた。もはや現代のドグラ・マグラである。
さっぱり意味は分からないが、この三村という男は大学時代は全ての情熱をラグビーに注いでいた人物だった。そして今はその情熱が会計の世界に向けられているのだ。彼がそこまで熱くなれる世界が面白くないわけがない。私と彼が共に浸っていたラグビーという世界と同じくらいのものがそこに広がっているに違いないのだ。
ちょうど私も漠然とした大志を抱きかけていた矢先であり、私は彼と同じ世界に飛び込むことにした。その中で特に税理士になろうとしたのも、ドグラ・マグラの中で「将来税理士になるという道もあるよ」といった具合に税理士の名前が挙がっていたからである。だからもし税理士ではなく公認会計士と書かれていたらそちらを受けていたことと思う。どちらが良かったのかは推し量りようもないが、まあ、税理士になったこと自体には満足している。

 

このとおり、私が税理士を志すに至ったのは一夜のたった数回のメッセージのやり取りがきっかけにすぎないのである。人生は何が起こるか分からないとはよく言うが、私などその典型だろう。
なお、2回目の税理士試験の後だったか、彼と会って食事をしたのだが、その時には彼は人事異動があり既に経理から離れていた。特に個人的に勉強などもしていないという。なんと私を沼に引き込んだ本人が私の知らぬ間に1人だけ沼を脱出していたのである。お前は俺と語り合いたいんじゃなかったのか。
そして残念なことに、私はまだ彼が見出した会計と税務の世界の深淵には到達していない。この業界に入ってもう何年と経つが、一向に面白さは見えてこない。私は独りでこの沼を潜航していかなければならなくなった。
と、そんな恨みがあるのであえて彼の名前をフルネームで晒してやった。こんな奴は本名でやっているSNSが炎上すればいいんだ。

 

と、紆余曲折を経て税理士という着地点になんとか行き着いた私であるが、このような経験から得た人生訓がある。
それは、学生時代に明確な目的意識がなくともとにかく勉強はしておけ、ということである。
この業界に進むまでは業種などを問わず就職先を探していたのだが、それでもと言うべきかだからこそと言うべきか、なかなか採用してもらうことができなかった。何か一芸に特化していればよいのだろうが、大学時代は部活動に注力していた私にはそれも無かった。そして色々あって税理士試験を受けることとなり、初めて法学部卒という学歴が物を言うことになった。当時は税理士試験の受験資格が今よりも厳しく、2年以上の実務経験があるか、法学・経済学系の大学を卒業している等の要件があった。たまたま法学部を出ていた私は学歴により要件を満たすことができ、労せず受験できたのである。初めて法学部を出ていてよかったと思った。
私の場合はただ学部を出ているだけでその恩恵を享受することができたが、もっと意欲的に勉強していれば色々と選択肢を得て他の未来を選ぶこともできただろう。それこそ、専攻だった労働法を突き詰めていれば今頃社労士を取れていたかもしれない、とか。
とは言え私自身も学生時代は遊びほうけていた身である。後進の者に強く言うことはできない。私を社会の落伍者として反面教師にしようと自発的に思ってくれる若者が現れてくれれば何よりである。

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